男と女ってめんどくさいけど最高に面白い。

人間ってかなりおもしろい。

特に、「男女の関係」は観察してもしきれないくらい沢山の型がある。

人間の数だけいろんな関係があるし、普通に観察するだけじゃ絶対に見れない部分で色々と行われていて、話を聞くだけでもごはん何杯でも行ける。最高。

◉ 求めるものの違い

男には「身体欲求が高いタイプ」と「精神欲求が高いタイプ」の二種類いると思う。

身体欲求タイプの方は、頑張ってかわいい女の子とセックスしたい。そのためには努力を惜しまない。だから、ちょっと浮気しちゃうけど許してね☆。

というのに対し、精神欲求が高いタイプは二次元や他の趣味で欲求が満たされるから、とくにセックスするメリットが見いだせずに、男女関係が消極的になりがち。だからこそ、いい子と付き合えたらあんまり浮気しない。

一方女の方は、男に対して求めるものが、「所属的な安心感」か「精神的な幸福感」かに二分される気がする。

好きな人のスペックを気にするタイプと、まわりはどうでもいいから本当に好きな人といるのを楽しみタイプとでも言うのかな。

所属安心タイプは、年収だったり学歴が高くないと、所属(周りの目?)に対する不安感が高くなるから、そこら辺は最低ラインとして守りたい。たとえ、ちょっと性格がおかしくても頑張っちゃうわよ。

幸福感タイプは、そこらへんは特に気にせずに、好きな人に一途でいられる。なぜなら幸せだから。浮気したら殺しちゃうくらい憎むのもこっちかな・・・。

ここから導き出せるのは、

  • 男は、スペックが高くて and 彼女だけを愛することができる人が最強。
  • 女は、かわいくてセックスがうまい and 性格のいい子が最強。

っていう真理だよね。

(上の真理が当たり前すぎて演繹っぽく思えるかもだけど、一応帰納で導いてみた。)

◉晩婚化や、童貞や処女がふえてるのも説明がつく?

最近は昔と違って、上の欲求を消化できるコンテンツがめちゃ増えているよね。

二次元もそうだけど、アイドルとかもそうよね。
セックスしなくて良い男子としあわせになりたい女子が、根こそぎ持って行かれて、業界にぽっかり穴が・・・。

逆に言うと、コンテンツビジネスを仕掛ける時のターゲットは、この4つに大きく絞られるよね。出合い系サイトで説明するとわかりやすいかも。

男性向けは

「すぐにヤれる!近所の欲求不満の奥さんマッチング!(出合い系)」

「 兄妹で禁断の愛! 両親に隠れて・・・。(漫画)」

一方女性向けは、

「理想の相手を探します!条件を入れるだけで、理想の結婚をしよう!」

「生田斗真、初脱ぎ?!」

極端すぎたかな・・・・。両方の下のほうの広告が増えてる印象がある。
そりゃあ、恋人いなくても幸福感を感じれたら別に恋人いらないよね・・・。

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この辺を意識しながら恋人探すと、割りと幸せになれる気がする。
もしくは、真理に近づけば全て問題ない。

さぁ真理に近づこうではないか・・・。

いざ、真理へ・・・。

人間の高みへ・・・。

アトピーかなり良くなったので、過程をしるすよ

長年のアトピーに悩まされてきた僕ですが、さいきんかなり良くなってきたので、その過程を標しておきます。

大学時代1〜4年の頃は大した症状が出ていなかったけど、
5年生の時、久しぶりに酷い感じになってくる。

原因は研究室に泊まりこみでろくにお風呂入らなかったことかなと・・・。

医者に行ってステロイド処方してもらうが、その場しのぎで良くなるだけで
どんどんひどい感じになってくる。ドラッグかよ。ってかドラッグだった。

◉ やったこと1
ステロイドを辞めました。

ステロイドが抜けるのにだいたい半年かかった。時々人目に出ることが多い時期に仕方なくヤッてしまったけど、その分治るのが遅くなった・・・。

今では、ノーステロイド・ノーホスピタルで快適。

◉ やったこと2
化粧水を変えました。

ひどい時期は、ずっと無印の高保湿のやつ使ってきたけど、思い切って無印のオーガニックの緑のやつに変えたらすぐに改善がみられた。

化粧水のせいで悪くなったとは思えないけど、やっぱりオーガニックてお肌にやさしいんだなと実感した。大量に塗る必要もなくなったらか、ちょっと高いけど長持ちして良い。

◉ やったこと3
洗剤・シャンプー使わない。

身体を洗うのに全部お湯でなるべく済ますようにしたら、これも劇的に改善した。
シャンプーは週一で、普段ははお湯で丁寧に洗っただけ。
ボディーソープは天然の石鹸に切り替えた。これも身体がべとついた時にだけ洗う感じ。

意外と髪も健やかになるし、せっかく生成したアブラが消えないから、気持ち悪いアブラもすごく少なくなった。

結局、ケミカルなものが身体に合わないっぽくて、オーガニック志向に切り替えたらすぐに改善が見られた。

アトピーって現代病なんだと改めて実感したす。人それぞれ、体質によって程度はあれど、ケミカルなモノを避ければ色々良くなるってことは真理だなと思いました。

デトックスのことバカにしてたけど、こうも効果出ると信じざるを得ない・・・。食べるものも少しずつケミカル抜いていきたいな。

今でも、体は痒くなるし、アトピーは治ってなさ気なのはあるけれども、ひどい状態になることはあまり無くなってきたので、一安心。
ですが、ストレスだったり、食べるもの由来のものもあると思うので。これからも気をつけて様子見していこうと思ってます。

追記ですが、背中ニキビはミョウバン水でめちゃ治りました。アトピーは無理だったけど。

デザイン洗脳論

世の中の陰謀論をひたむきに信じている友人がいて、その話がけっこうおもしろい。

災害も金融ショックもイナミルティが仕組んだそうな。
その理論で言うと、サノケンのオリンピックのロゴ騒動もイミナルティが仕組んだ事になる気がする。さぁ、これで利権を独占した人たちはだーれだ。

冗談はおいておいて、
例のサノケン騒動って誰か偉い人が決めたデザインの良し悪しに、パンピーが抗った例としては、割りと初めてだったのでは?

グッドデザイン賞とかも、カンヌとかも、身内の褒め合いだとディスられてるし、仕組み上せっかくうまく回ってた、身内褒め合い型PR施策が崩壊の狼煙をあげたような気がする。

買う方もバカじゃあ無くなってきてるってことなんかなー。こうやって、インターネッツによって文化レベルが進んでいくのは面白い。もともと合った価値観への疑問が、ぱーっと広まっていって、文化レベルを高めていってる。(阿呆が騒いでるだけだとしても)

これからは、デザインの良し悪しは誰が決めるんだろう。
それはTumblrの前のみんなだ!!

しごと

お金を稼ぐってことは、会社を通して社会をうるおすこと。
その対価として、お給料をもらって楽しいことしながら生きてる。
会社は、お金をめっちゃ稼いで社会に貢献しないといけないし、
僕たちはそのお手伝いしなければいけない。

っていうのが世の中の常識で、僕たちはそこら辺を特に意識しなくても
流れに身を任せるだけで、わりと社会にいい感じで貢献してると思う。
自分のことばっかり考えてても、ルールさえ守れば割りと世の中はいい感じでまわるから、この仕組考えた人はえらいなー。

社会の仕組みに乗っかるってことは、時には自分の正義感に反するような事を要求されるかもしれない。

三年で壊れるゲーム機を開発しろと上の人から言われて、反発する開発者もいたかもしれない。だけど、三年後の世界をより良くするふんどしを締め直して頑張ればいいんじゃないかなぁ。と思ったり。

それが、ゲーム機を買う人を欺いているとしても。

漫画とかアニメだと、腐った大人として描かれている像に段々近づいていってるな〜〜。

ピュアであればあるほど、世の中に疑問や不満がでてくるのもわかるけど、社会主義な感じになるのは、世の中味気なくなるような気がするから、もっとおまえら(社会に不満ばっかり言ってる人たち)ちゃんと考えて働けって思う。

愚痴っぽくなってしまったけど、最近働く意味について考えているヨハウィングなのであった。

生まれつき苦手なものと向き合うゾ!

社会人になってから、自分の不得意に向き合うことが多くなった。
緊張しいだったり、空気読め無かったり、滑舌わるかったり。

先天的な劣等というより、育ってきた環境に依るものもあるし、
親から受け継いだものもある気はしてる。

ただ、その点を指摘された時に

「ちょっと生まれつき苦手で・・・」って言い訳できるほど
子供では居られなくなってきているのでござる。

社会はつらいよ

一つ一つの問題に向き合うのもいいけれど、
その問題に包括的に取り組めたら、今後の人生変わるかもしれない。

と思い立ったが吉日、文字に起こして頭のなかを整理しようと思うゾ。




今まで生きてきて染み付いた苦手に向き合うのはけっこう辛いものがある
今まで何度となく向き合っては挫折してきたことだし。

自分の心のなかを覗いてみると、

「まぁ、苦手なもんは苦手だからしょうがないよね。できなくても。」

という言い訳がましい台詞が出てきたり、

「どうやって改善して良いのか分からない。ってか無理。」

みたいな逆ギレっぽい声も聞こえる。

向き合う前から逃げているのが根本の原因なのか・・・?

この世で起こる事象は、わりと物理法則で説明できると聞いたことがある。

抵抗が少ない方に電流は流れるのと同様に、
人も、なるべく苦労が少ない方に流れていく。

そもそも、苦手に本気で向き合える人は少なくて、
人は誰しも自分の欠点を、見て見ぬふりしてやり過ごしている。

歯医者に行かなきゃいけないことを見て見ぬふりして過ごしている人に、
果たして自分の欠点を改善することができるのだろうか。

自分を変えることはそう簡単では無いが、
世の中には、自分を変えるプラクティスが幾つか存在する

そのプラクティスは大体、この3つに集約される気がする。

  • 環境を変える
  • がんばって習慣化させる
  • 人生を変える出来事を待つ

この中で一番手軽かつ七面倒臭い、「習慣化」こそが苦手を克服する第一歩だと考えたり。
「できるならとっくにやってるぞ!」という声が聞こえる気がするけど、
苦手なものの習慣化ほど、大変なことはない。

物理法則に逆らうわけだし、ライト兄弟みたいな気合いが必要やよね。

自分でいまからできることはいくつかある。

・紙に書いて見えるところに貼る
・声に出す
・お金に頼る

まぁ、要はいかに常に記憶にとどめておくか問題なのだけれど、
ただ、暗記するだけじゃなくて、常に意識の最前線に持ってこなきゃいけない。

今年の個人的な目標の「質素に生きる」は、身の回りに言いふらして自分を戒めたりしてる。各種SNSに貼り付けたり、blogに載せるのもありかも。

根本的な解決を目指すというより、意識の最前線に持ってきて習慣化させる。
これによって、苦手をごまかすかつ、習慣化させて慣れていって、一年後くらいに苦手が治ってる。という結果を期待する。

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朝寝坊だけは、お金に頼りました。

ウェブの移り変わりは早いらしい

インターネットの好きなところに、情報のスピードの速さがあるけれども、
どうもそれが嫌という人もいるらしい。

それもそうで、インターネットでものづくりの仕事をしていると
せっかく作ったサイトが一瞬で消えることも少なくはない。

せっかく気合入れて書いたブログも、海の中に一瞬で埋もれてしまったりもするのは
やはり少しさみしい気もする。

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同様にワイドショーで流れるニュースや芸人も、視聴率次第ではすぐに消え去ってゆく。

だけど、生き残るコンテンツと忘れられるコンテンツと比較してどっちが偉いとか悪いとか、そういう話をするのも少し悲しい。

すぐに消えてしまうコンテンツに魂を賭けている人もいるわけだし
時代の気まぐれで祭り上げられてしまうものもあるし

生き残ってゆくコンテンツばかりを消費するのもよいけれど、
インスタントなものをインスタントに消費して、
時代の息吹を感じながらどんどん忘れていくような生き方も
時には必要なことだと思いました。

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大量消費って時にはディスられがちだけど、
それだけ素晴らしい世界を見てるということでもある気がするので
その世界を一つ一つ大事にもっていたいと思いましたとさ。

コーヒーの話

コーヒーについてちょっと話したい。

いつもコーヒーを飲むときは、
ちょっと口が寂しい時か、食後に眠気を抑えたい時。

家でもリラックスしたいときは、ペーパードリップしてるけど、
正直そんなに味にこだわりは、セブンに売ってるの挽いてあるやつ買っちゃう。

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そんなぼくでも、年間コーヒー消費量TOPは、インスタントコーヒーになる気がする。

昨今のインスタントコーヒーはすごい
特にこいつ。

この値段と量でこの味ということが信じられない

ちゃんとコーヒーの味がするから安心して買えるし。
(といううか他の缶コーヒーがこの水準に達せないのが不思議)

これも結構飲む

ちょっと高いけど、おいしー。

コスパ的には

これの味が究極だと思っている。

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その他のコーヒーの楽しみ方

  • 店のコーヒー
    • エスプレッソはアメリカンで
    • ドリップはゆっくりのむ
    • 時々店で豆選んで挽いてもらう。
    • 家でじっくり淹れるの楽しい。
    • あんまり家にいないから、豆が減らない。

産地とか覚えたり、ミル買ったりすると、コーヒートークできるようになる気がしてるけど、そこまでのめり込むほどじゃない

クリエイティブと踊る

どうやら、やっとこさ大学を卒業できそうなので、ブログ書きます。すこし自伝臭くなるので、ご了承のうえでお付き合いください。

目次

  1. デザインに踊らされる
  2. プログラミングに踊らされる
  3. 広告に踊らされる
  4. インタラクティブと踊りたい。

デザインに踊らされる

僕がデザイン系の大学の門を叩いたのは、ちょうど今から6年ほど前のことでした。サッカー部でPCヲタで中二病で小僧だった僕をデザインへと引き釣りこんだのは+81という雑誌でした。「まぁ、雑誌ってこんな自由な表現もあるんだすごい〜」ってなったのは今でも覚えています。特に、本文を読ませる気が無かったところが面白かった。写真も文字もコンテンツも、レイアウトという魔神の奴隷、今はなき+81の価値にどうしようもなく惹かれたことが、今でも鮮明に思い出されます。

それからというもの、デッサンの勉強を始め、勉強を疎かにして大学に落ちて浪人して、予備校に入って真面目に一年間勉強して、ようやっとデザイン系の大学に入りました。入れて嬉しかったのですが、入試の合計点数がクラス最下位だったのはいい思い出です。幸か不幸か、一浪という枷は僕にとってプラスに働いたらしい。もりもり、夢にむかって頑張ってました。

しばらくすると、僕はこんなことを考え始めます。「デザインはなんぞや」という、わりと普遍的なテーマーです。本を読むと、偉い人達は大抵同じような事を、オサレな言い回しでサラッと言ってきます。とりあえず本は捨てました。そして、周りの人に聞いたりしましたが、みんなドヤ顔でこう言います、「デザインは問題解決」「アートとはそこが違う」。そして、こんなエントリを書きました。この記事を要約すると、「デザインなんてただのカッコつけ」。

そして、僕は考えることをやめました。「デザイン」は客寄せのためのバズワードか、ただのカテゴリ名で中身なんかホントは無かったのです。いや、まぁ色んなデザインの共通項挙げていったら、「情報の整理」とか「問題解決」とかあるかもしれないですけど、僕が言いたいのは、仕事や作業内容の便宜的なカテゴリ分けとして「デザイン」という言葉を使っているパターンが圧倒的に多いということです。

例えば、クルマのデザインと雑誌のデザインは、まったく違った考え方や目的を必要とします。雑誌のデザインだけを取ってみても、その雑誌の目的の差で必要な頭の使い方はまったく違ったものになります。本当に知るべきだったのは、「デザインの本質」ではなく、「目的を達成するための思考とスキルセット」だったのです。

それからと言うもの、デザインの作業を細分化して考えるようになりました。ウェブサイトのデザインをフォトショップで作る作業、フリーペーパーのデザインをインデザインで作る作業、イラストレータで見出しのパスと文字組をこだわる作業。といった具合に、デザインに必要なスキルセットを細分化して考えることが出来るようになりました。デザインとスキルセットを分離することにより、すくなくともデザインという単語に踊らされることはなくなりました。

もちろん専門的な知識が必要とされる職人芸的なおしごとではあるのですが、一口にデザインと言っても色々なものがあるので、それぞれにそれぞれのデザインの世界を一括りにデザインという言葉で総括するのはいささか乱暴な気がするのです。

プログラミングに踊らされる

HTMLで始めてものづくりをしたのは厨二の時でした。Apacheサーバー、DNSを立てて、HTMLを書いて絵やポエムをインラインフレームで構成してハイパーリンクをつなげて楽しんでいました。すいません、よくわからないですよね。あの頃は、一行もプログラムを書いては居なかったのですが、それでも、自分はとんでもないモノを作ることのできる人間だと信じて、ダンボピノキオ天狗アリクイになっていました。

時は流れて数年後、大学の授業でひたすらWebコンテンツを作らないといけない機会がありました。その頃は、Flashは死ぬぞ、HTML5が未来だぞ、とか言われてた時代で、ほんのたった一行もプログラムを書いてこなかった僕が、生まれて初めてプログラム言語に触れます。canvasでパーティクル表現してかっちょよくなっているサンプルを、他のサイトに埋め込む作業です。その時初めて、関数と変数とforループを学びました。すいません、よくわからないですよね。

それから、セルフデスマーチの日々が始まります。学校の片隅にある電源Wifi24hな場所があったので、授業おわったあとひたすらコーディング。わからないことがありすぎて、Google先生にひたすらGETでHTTPリクエスト送ってました。眠くなるまでコーディングして、次の日の授業で睡眠を取り、また夕方からコーディングする。その繰り返しの日常でした。やがてHTMLとJavascriptとPHPとmySQLを駆使してWebサービスを作れるように成長しました。すいません、よくわからないですよね。

そのうち仕事頼まれるようになるものの、マネージメントが意外とめんどくさいことを、ひしひしと感じるようになり、「こりゃ定職につかなきゃ貴重な時間を棒に振るのではないか?」と感じ始めました。その解決策として、バイトだったりインターンを始めました。その時はまだ、仕事とプログラミングが頭の中で全然結びついておらず、色々苦労しました。

そこでまず、僕は「プログラミング」が全くできていなかったことに気づきました。僕は社会的に見れば、HTMLとCSSをスラスラと書けるだけの、ただのWeb屋でしかありませんでした。デザインスキルも特に高いわけでもなくいつも買われるのは、CSSを組む速さだけでした。それだけの人間になるのが怖くて、デザインが出来るよアピールしたり、無理してvim使ったり、シェルいじれるようになったりしましたが、それでもプログラミングをしてる感じにはなれませんでした。すいません、よくわからないですよね。

周りで、ちゃんとしたプログラムを書いている人がぞろぞろいる中で、「僕の価値って何なんだろう。」と考えざるを得ない戦いが始まりました。そもそも、ぽっと出で大学2年からプログラミングを始めたデザイン系ニワカが、専門学校から合わせて5年以上プログラムを組んでるスーパー玄人には、どうあがいても勝てはしないのです。しかし、玄人プログラマに勝てる点は沢山あると思っていました。

彼らと自分との最大の違いは、「プログラミング以外もやっているか」のその一点に尽きる気がします。彼ら玄人が他に何もやってないと言いたいわけではありません。ものづくりという視点から見て、デザインや広告というバックグラウンドがありつつ、それに対応しうるものづくり精神を養っているという点で彼らとのはっきりとした差異を感じていました。

これから、「文系プログラマ」と呼ばれる人が増えて行くに連れて、他ジャンルとのハイブリットを実現するプログラマが増えていくように思えます。その波に乗りつつ、うまいこと世の中を渡り歩けていけたら割と本望だと思う今日このごろです。


広告に踊らされる

大学時代、僕は6つほどサークルに入りました。かなり多いほうだと思います。その中の1つに、とある広告サークルがありました。何か議論が始まろうものなら、やれ「コミュニケーションデザイン」、やれ「コンタクトポイント」などという単語が飛び交うような、意識の高さのベクトル↗が広告クリエイティブ系に振り切れてる、そこら辺じゃあんまり見ないサークルでした。メンバーがみんなクズすぎて、マネージメントが全く出来ないながらも、机上の理想論で色々語りつつ、数少ないながらアイデアを実行にも移したりしました。バレンタイン保険とかつくったり、新歓サイトつくったりしたのは良い思い出です。

しばらくして、就職の時期になり某広告会社のインターンに行きました。その時期は、アートディレクター的な職種になろうとしていたのですが、「ちょっと違う」となりそこであきらめました。アートディレクターになるためには、もちろん売れる画面をつくるセンスと、デザインスキルが求められる他に、超絶マネージメントスキルが高くないと、社会に自分の思った通りのものは出せないと感じました。

僕はそこで一旦、広告という言葉から身をおきました。必死で作ってマネージメントしたものが、決して思い通りのものではなくて、世の中の繁華街の景観を汚す一役を担うと思うと、「広告なんて大したことは無いんじゃないか?」と当時は思っていました。その時思ったことは、このエントリーに書かれています。

K本的に本を読まずに、自分で考えて発見をすることが好きなタイプの僕ですが、当時自分のやるべきことに迷っていたので、すこしばかり本を読むことにしました。そこで、僕は答えのヒントを貰うことに成功しました!。(本は知の近道!)本の題名も印象に残った言葉もまったく記憶していないのが悔やまれるのですが、「アイデアを考えることは神の業」という旨の内容だったかと・・・たしか・・・。

いままで人類が進歩してきたのは、常識をうたがって、今までにない発見をモリモリと積み重ねてきたからだと。神が人間を進歩させると仮定すると、神に近づく唯一の方法は、エウレカ!的発見をすることだと。つまり、アリストテレスは神に近い人間だと。大分スピリチュアルな解釈を個人的にしてますが、当時の僕にとっては、とても良いインスピを得た記憶があります。

僕が広告に惹かれていた点は、その業務内容というより、「市場で一番多くアイデアを売っている業界」だったという点でした。正直、生活者を根本的に変えるプロダクトのアイデアは中々生み出せないかもしれませんが、「生活っておいしくなるよね?」とか「    」などといった、”こういうモノの見かたってできるよね?”、というアイデアを世の中にオラオラオラオラオラオラオラオラオラと乱射できる仕事、ということにどうしようもなく惹かれていたことに気づきました。

そして、それを一番手っ取り早く実現できる仕事を探すようになりました。そして、これからそういう会社で働くことになります。その時感じたインスピレーションのまま来てしまいましたが、まぁそれが間違っていたとしても後悔はしないでしょう。

インタラクティブと踊りたい。

デザインとかプログラミングとか広告とか色んなモノに踊らされた僕ですが、冷静に一歩引いて自分を見てみると、「インタラクティブ業界」に適正がある人間だったことがわかります。普段の生活や態度はクズすぎるけど、短期間のものづくりは一級品。そんな人間に慣れる素質を備えてる。 とか分析してみたり・・・。

僕はもうデザインとか、プログラミングとかそういうのに踊らされない。「インタラクティブ業界」という軸を持って生きて行くのだと思います。 UNIT9みないな規模のものに関われるといいな〜。

2014年振り返り

今年つくったものを見ながら、今年を振り返ってみようと思います。

作ったサイト

1.Pairy Date

2月の頭頃にインターンし始めた会社での最初の仕事。
この頃は、Webのスキルを業務レベルにしようと必死でした。

2.Famm

インターンしていた会社の二作目。
この間に、既存のサイトの調整とかWebビューページとかやってますが、ちゃんと作った感あるのが、このサイトです。ちなみに、今のサイトはバージョン2です。

あと、ひたすらレスポンシブルに頑張ってたんで、大分慣れてきた感はあります。

そういえば、ロゴも作った記憶があります。

3.ワカスタ

知り合い経由で頼まれて作りました。
慣れない仕事環境で大変でしたが、なんとかやりきりました。

部品部品は割りと気に入ってます。

4.yohawing.com Ver.3

ほぼ、javascript制御に切り替えたり、SVG使ってみたりとかしてました。
Indexサイトに専念した作りとか意識したり、
来年はもうちょっと遊んでみたいですね。

5.Hiroyuki Ikezawa

作るのに一年かかった怪作です。
テーマは小説。
特殊なデザインのサイトを作れて地味に嬉しいやつです。

6.ヨハウィングのじゆうけんきゅう

ProcessingのコードのJs移植とかビジュアルコーディングの研究とかやってました。
みんなが見れるサイトを、デザインと実装込で3日で作るスピード感がそこにはありました。反省としては、Vue.jsくらいは使っておくべきでした。Json汚い。
ComicSansは意外と使えることがわかりました。

7.新しい会社での仕事

細かい所いろいろお手伝いしました。
ガッツリ系は、来年ローンチのやつが一個あります。

8.The Snowflake Story

雪の結晶の一生を追体験できるコンテンツ
いわゆる、アニメーション作品を作りました。
Webならではでも、プログラミングならではでもなく、ただただ、力技頑張りました。2014年を締めくくってます。

 

来年は社会人になって、もりもりインタラクティブやりたいです。

黒人ヒッピーは居なかった


モンタレーポップフェスやウッドストックなどの映像を見ていると、観客側に黒人が異様に少ない事に気付いた。また、嵐の青春(PSYCH OUT)や白昼の幻想(TRIP)のようなヒッピー文化を主題とした映画を見ていても、黒人の出演者は少ない。このことから、ヒッピーにおける黒人の人口が少ないことに気付いた。当時ヒッピーの間で流行していたロックミュージックやサイケデリックロックは、黒人のブルースやゴスペルが元になっている部分が多く、黒人が作った音楽と言えるのにもかかわらずである。これには、当時のアメリカの黒人迫害の世相と密接に関係しているものと思われる。今回は、黒人とヒッピーとロックの関係図を洗い、論を作ることとする。

黒人からロックは生まれた。

そもそもロックは黒人が作った音楽である。20世紀初頭にブルースと呼ばれる音楽が、労働階級の黒人の間で生まれた。当時の黒人迫害の影響を色濃く残した、極めて原始的な音楽であり、歌われた内容は、労働や女や酒など、当時の風俗の事を主題とした内容がほとんどである。しかし、その感情に直接結びついた表現方法は、当時としては極めて画期的であったようである。ブルースが登場する以前は、クラッシック音楽のような、貴族のたしなむ洗練された知的な音楽のほか、教会で歌われるようなゴスペル(神への賛美歌)など、綺麗な俗要素のない音楽が主流であった。しかし、ブルースはそこから音楽を解放し、人間の本能と直結したような、極めて泥臭い音楽であった。登場した当時は黒人の間で、酒場で客を盛り上げるような形態で演奏されていたようだが、耳の早い音楽家がブルースの存在を嗅ぎつけ、本国でブルースを紹介しだした。これが今後に音楽の歴史を作る、「ロック」の誕生である。

白人がブルースを見出した

ブルースはその後、黒人の間でヒットし何万枚ものセールスをあげたが、それは黒人の間でだけの流行であり、世界的にブルースが流行するのは、エルビスプレスリーの登場を待たなければならない。チャック・ベリーなどが、ブルースをロックンロール・ブギウギへとの進化へと貢献したのち、エルビスプレスリーが白人としてそれを取り入れた瞬間に、ロックンロールは大ヒットを果たした。ブルースは、音楽としては多大なセールスの可能性を秘めていたものの、「黒人の音楽」というだけで、広い層には普及しなかったのである。プレスリーのヒットにより、ロックンロールにビジネスチャンスを見出したレーベルは、積極的にミュージシャンのプロモーションをするが、そこに黒人の介在する余地は少なく、あたかも「ロックは白人の音楽である」というスタンスを貫いた。このスタンスを抜け出すのには、ジミ・ヘンドリクスの登場を待たねばならないのだが、それだけ、黒人差別という文化の根は深かったように思える。かくして、黒人音楽は黒人不在のまま世界的にヒットを果たすのであった。

なぜ、黒人ヒッピーは居ないのか

ヒッピーは白人の富裕層から生まれた文化である。そもそも、お金に余裕がなければドラッグに浸る余裕もないし、国の体制に隷属されていた黒人がそこからの反抗としてヒッピーとして浮浪を始めるというのは、贅沢過ぎたのだ。当時の黒人は生活がやっとであり、日々生きることが精一杯であった。レコードを買って音楽を嗜み、集会やコミューンにふらふらと顔を出す余裕などなかったのだ。かくして、ヒッピーは白人専用の文化となり、そこに黒人が介在しようものなら、人類皆平等を謳っていたヒッピーですら、根強く残る黒人への偏見がそれを許さなかったのである。しかし、音楽的に評価されていたミュージシャンはこの偏見を超え、聴衆にエクスタシーをもたらすエンターテイナーとしてある程度の支持は得ていた。しかしそれでも、ジミ・ヘンドリクスはイギリスでヒットしていなければ、アメリカ本国での登場は遅れていただろうし、また、ソウルミュージックの素晴らしさに白人が少しでも目を向けなかったら、オーティス・レディングがモンタレーであれだけの喝采を浴びることはなかったであろう。それほど、アメリカ本国での黒人差別はひどかったように思える。

しかし、その頃の黒人の間では音楽は何も流行せずにいたわけではなく、黒人クラブのなかでは、ファンクミュージックが賑わいを見せていた。ソウルミュージックから派生した、踊れて陽気で元気の出るファンクミュージックは、公民権運動で疲弊していた人々の心を癒していた。黒人はヒッピーになり、ドラッグに浸る日々ができない代わりにファンクミュージックで仲間と踊り明かし、ハイになっていたのであった。ファンクミュージックでは、ジョージクリントンジェームズブランなどのスターがシーンを牽引し、後世に多大な影響を与えた。黒人の独特のリズムの捉え方は人間の本能に根ざしたものがあり、このリズムは後々の音楽に山ほど取り入れられることにもなる。

ロックを取り戻した黒人

1970年代の終わりになると、当時アメリカで起こっていた公民権運動は沈静化をみせ、黒人への社会的な差別は次第になくなっていった。音楽においても、ソウルミュージックが流行を果たし、黒人の音楽の素晴らしさを人々が楽しむようになったのである。その発端は、モンタレーでの黒人ミュージシャンの素晴らしい演奏が背景にあるのかもしれない。ファンクやディスコの楽曲も白人の間でもセールスが上がり、世の中の風潮から、次第に差別の色が薄れていったのである。ブルースやソウルミュージックを作ったとして、黒人ミュージシャンを見る目は次第に世の中に溶け込んで行き、生活も安定したのか、観客に黒人の姿が見られるようになったのもこの頃である。プリンススティーヴィーワンダーらが世界的なヒットを果たし、世界からも黒人音楽の支持が集まりだした。

白人の音楽も盛り上がりを見せる

しかし、ロックは白人のものでもあった。80年代になると、オルタナティブロックの兆しが見え始めたり、パンクミュージックがイギリスで流行った。ブルースの臭いは多少残るものの、全く新しいロックの形が白人の間で生まれたのである。一方黒人の間では、アンダーグラウンドでヒップホップの手法が開発されたりディスコ・ファンクなど、そちらでも賑わいを見せた。プログレッシブロックの流行では、黒人的な要素からの脱却を目論み、無機質で複雑な感情を排した硬い音楽が台頭を見せたり、テクノミュージックのような一定のリズムの反復によるエクスタシーの追求もこの頃なされた。音楽文化が一気に花開き、その役目を担ったのは他でもない白人であった。

まとめ

ロックミュージックは、黒人が生み出し白人が広めたということは、揺るぎない事実ではあるが、その裏には人種差別という文化があったのだった。今こそは、その壁は薄れつつあるものの、ロックは白人の音楽であるという固定観念が根付いてしまった。ヒッピーに黒人が居なかったように、ロックの歴史には黒人は居なかったのだ。いや、そうされてしまっている。文化と人種は常に密接に繋がっているが、時にはそれに気づかずに過ごしてしまう。しかし、よく考えてみれば、人種のるつぼとよばれるアメリカの1文化に白人しか登場しないのはおかしい話である。その裏に、人種差別という文化があったことに目を向けるべきではなかろうか。