クリエイティブと踊る

どうやら、やっとこさ大学を卒業できそうなので、ブログ書きます。すこし自伝臭くなるので、ご了承のうえでお付き合いください。

目次

  1. デザインに踊らされる
  2. プログラミングに踊らされる
  3. 広告に踊らされる
  4. インタラクティブと踊りたい。

デザインに踊らされる

僕がデザイン系の大学の門を叩いたのは、ちょうど今から6年ほど前のことでした。サッカー部でPCヲタで中二病で小僧だった僕をデザインへと引き釣りこんだのは+81という雑誌でした。「まぁ、雑誌ってこんな自由な表現もあるんだすごい〜」ってなったのは今でも覚えています。特に、本文を読ませる気が無かったところが面白かった。写真も文字もコンテンツも、レイアウトという魔神の奴隷、今はなき+81の価値にどうしようもなく惹かれたことが、今でも鮮明に思い出されます。

それからというもの、デッサンの勉強を始め、勉強を疎かにして大学に落ちて浪人して、予備校に入って真面目に一年間勉強して、ようやっとデザイン系の大学に入りました。入れて嬉しかったのですが、入試の合計点数がクラス最下位だったのはいい思い出です。幸か不幸か、一浪という枷は僕にとってプラスに働いたらしい。もりもり、夢にむかって頑張ってました。

しばらくすると、僕はこんなことを考え始めます。「デザインはなんぞや」という、わりと普遍的なテーマーです。本を読むと、偉い人達は大抵同じような事を、オサレな言い回しでサラッと言ってきます。とりあえず本は捨てました。そして、周りの人に聞いたりしましたが、みんなドヤ顔でこう言います、「デザインは問題解決」「アートとはそこが違う」。そして、こんなエントリを書きました。この記事を要約すると、「デザインなんてただのカッコつけ」。

そして、僕は考えることをやめました。「デザイン」は客寄せのためのバズワードか、ただのカテゴリ名で中身なんかホントは無かったのです。いや、まぁ色んなデザインの共通項挙げていったら、「情報の整理」とか「問題解決」とかあるかもしれないですけど、僕が言いたいのは、仕事や作業内容の便宜的なカテゴリ分けとして「デザイン」という言葉を使っているパターンが圧倒的に多いということです。

例えば、クルマのデザインと雑誌のデザインは、まったく違った考え方や目的を必要とします。雑誌のデザインだけを取ってみても、その雑誌の目的の差で必要な頭の使い方はまったく違ったものになります。本当に知るべきだったのは、「デザインの本質」ではなく、「目的を達成するための思考とスキルセット」だったのです。

それからと言うもの、デザインの作業を細分化して考えるようになりました。ウェブサイトのデザインをフォトショップで作る作業、フリーペーパーのデザインをインデザインで作る作業、イラストレータで見出しのパスと文字組をこだわる作業。といった具合に、デザインに必要なスキルセットを細分化して考えることが出来るようになりました。デザインとスキルセットを分離することにより、すくなくともデザインという単語に踊らされることはなくなりました。

もちろん専門的な知識が必要とされる職人芸的なおしごとではあるのですが、一口にデザインと言っても色々なものがあるので、それぞれにそれぞれのデザインの世界を一括りにデザインという言葉で総括するのはいささか乱暴な気がするのです。

プログラミングに踊らされる

HTMLで始めてものづくりをしたのは厨二の時でした。Apacheサーバー、DNSを立てて、HTMLを書いて絵やポエムをインラインフレームで構成してハイパーリンクをつなげて楽しんでいました。すいません、よくわからないですよね。あの頃は、一行もプログラムを書いては居なかったのですが、それでも、自分はとんでもないモノを作ることのできる人間だと信じて、ダンボピノキオ天狗アリクイになっていました。

時は流れて数年後、大学の授業でひたすらWebコンテンツを作らないといけない機会がありました。その頃は、Flashは死ぬぞ、HTML5が未来だぞ、とか言われてた時代で、ほんのたった一行もプログラムを書いてこなかった僕が、生まれて初めてプログラム言語に触れます。canvasでパーティクル表現してかっちょよくなっているサンプルを、他のサイトに埋め込む作業です。その時初めて、関数と変数とforループを学びました。すいません、よくわからないですよね。

それから、セルフデスマーチの日々が始まります。学校の片隅にある電源Wifi24hな場所があったので、授業おわったあとひたすらコーディング。わからないことがありすぎて、Google先生にひたすらGETでHTTPリクエスト送ってました。眠くなるまでコーディングして、次の日の授業で睡眠を取り、また夕方からコーディングする。その繰り返しの日常でした。やがてHTMLとJavascriptとPHPとmySQLを駆使してWebサービスを作れるように成長しました。すいません、よくわからないですよね。

そのうち仕事頼まれるようになるものの、マネージメントが意外とめんどくさいことを、ひしひしと感じるようになり、「こりゃ定職につかなきゃ貴重な時間を棒に振るのではないか?」と感じ始めました。その解決策として、バイトだったりインターンを始めました。その時はまだ、仕事とプログラミングが頭の中で全然結びついておらず、色々苦労しました。

そこでまず、僕は「プログラミング」が全くできていなかったことに気づきました。僕は社会的に見れば、HTMLとCSSをスラスラと書けるだけの、ただのWeb屋でしかありませんでした。デザインスキルも特に高いわけでもなくいつも買われるのは、CSSを組む速さだけでした。それだけの人間になるのが怖くて、デザインが出来るよアピールしたり、無理してvim使ったり、シェルいじれるようになったりしましたが、それでもプログラミングをしてる感じにはなれませんでした。すいません、よくわからないですよね。

周りで、ちゃんとしたプログラムを書いている人がぞろぞろいる中で、「僕の価値って何なんだろう。」と考えざるを得ない戦いが始まりました。そもそも、ぽっと出で大学2年からプログラミングを始めたデザイン系ニワカが、専門学校から合わせて5年以上プログラムを組んでるスーパー玄人には、どうあがいても勝てはしないのです。しかし、玄人プログラマに勝てる点は沢山あると思っていました。

彼らと自分との最大の違いは、「プログラミング以外もやっているか」のその一点に尽きる気がします。彼ら玄人が他に何もやってないと言いたいわけではありません。ものづくりという視点から見て、デザインや広告というバックグラウンドがありつつ、それに対応しうるものづくり精神を養っているという点で彼らとのはっきりとした差異を感じていました。

これから、「文系プログラマ」と呼ばれる人が増えて行くに連れて、他ジャンルとのハイブリットを実現するプログラマが増えていくように思えます。その波に乗りつつ、うまいこと世の中を渡り歩けていけたら割と本望だと思う今日このごろです。


広告に踊らされる

大学時代、僕は6つほどサークルに入りました。かなり多いほうだと思います。その中の1つに、とある広告サークルがありました。何か議論が始まろうものなら、やれ「コミュニケーションデザイン」、やれ「コンタクトポイント」などという単語が飛び交うような、意識の高さのベクトル↗が広告クリエイティブ系に振り切れてる、そこら辺じゃあんまり見ないサークルでした。メンバーがみんなクズすぎて、マネージメントが全く出来ないながらも、机上の理想論で色々語りつつ、数少ないながらアイデアを実行にも移したりしました。バレンタイン保険とかつくったり、新歓サイトつくったりしたのは良い思い出です。

しばらくして、就職の時期になり某広告会社のインターンに行きました。その時期は、アートディレクター的な職種になろうとしていたのですが、「ちょっと違う」となりそこであきらめました。アートディレクターになるためには、もちろん売れる画面をつくるセンスと、デザインスキルが求められる他に、超絶マネージメントスキルが高くないと、社会に自分の思った通りのものは出せないと感じました。

僕はそこで一旦、広告という言葉から身をおきました。必死で作ってマネージメントしたものが、決して思い通りのものではなくて、世の中の繁華街の景観を汚す一役を担うと思うと、「広告なんて大したことは無いんじゃないか?」と当時は思っていました。その時思ったことは、このエントリーに書かれています。

K本的に本を読まずに、自分で考えて発見をすることが好きなタイプの僕ですが、当時自分のやるべきことに迷っていたので、すこしばかり本を読むことにしました。そこで、僕は答えのヒントを貰うことに成功しました!。(本は知の近道!)本の題名も印象に残った言葉もまったく記憶していないのが悔やまれるのですが、「アイデアを考えることは神の業」という旨の内容だったかと・・・たしか・・・。

いままで人類が進歩してきたのは、常識をうたがって、今までにない発見をモリモリと積み重ねてきたからだと。神が人間を進歩させると仮定すると、神に近づく唯一の方法は、エウレカ!的発見をすることだと。つまり、アリストテレスは神に近い人間だと。大分スピリチュアルな解釈を個人的にしてますが、当時の僕にとっては、とても良いインスピを得た記憶があります。

僕が広告に惹かれていた点は、その業務内容というより、「市場で一番多くアイデアを売っている業界」だったという点でした。正直、生活者を根本的に変えるプロダクトのアイデアは中々生み出せないかもしれませんが、「生活っておいしくなるよね?」とか「    」などといった、”こういうモノの見かたってできるよね?”、というアイデアを世の中にオラオラオラオラオラオラオラオラオラと乱射できる仕事、ということにどうしようもなく惹かれていたことに気づきました。

そして、それを一番手っ取り早く実現できる仕事を探すようになりました。そして、これからそういう会社で働くことになります。その時感じたインスピレーションのまま来てしまいましたが、まぁそれが間違っていたとしても後悔はしないでしょう。

インタラクティブと踊りたい。

デザインとかプログラミングとか広告とか色んなモノに踊らされた僕ですが、冷静に一歩引いて自分を見てみると、「インタラクティブ業界」に適正がある人間だったことがわかります。普段の生活や態度はクズすぎるけど、短期間のものづくりは一級品。そんな人間に慣れる素質を備えてる。 とか分析してみたり・・・。

僕はもうデザインとか、プログラミングとかそういうのに踊らされない。「インタラクティブ業界」という軸を持って生きて行くのだと思います。 UNIT9みないな規模のものに関われるといいな〜。

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